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見る・知る 関ケ原

壬申の乱編

関ケ原は、関ケ原合戦から遡ること900年以上前の672年、天智天皇死後の皇位を巡り、天智天皇の弟・大海人皇子(おおあまのおうじ)と息子の大友皇子(おおとものおうじ)との間で起こった争い「壬申の乱」の舞台にもなりました。

壬申の乱に勝利し、天武天皇として即位した大海人皇子は、この地に関所「不破関」を置きました。この不破関で人々の往来が管理されました。「不破関」の設置により、関より西を「関西」、関より東を「関東」と呼ぶようになったともいわれています。

「壬申の乱」関連史跡紹介

関の藤川

壬申の乱では、両軍がこの川を挟んで陣取り、激戦を繰り広げました。「関の藤川」は、現在は「藤古川」と呼ばれ、関ケ原を北西から南東へと二分するように流れています。
住所:関ケ原町大字松尾

関の藤川

黒血川

壬申の乱の、玉倉部邑(たまくらべ)での戦いの際に、両軍の兵士の流血が川底を黒く染めたことから、この名が付いたとされ、今に伝わっています。
住所:関ケ原町地内

黒血川

弘文天皇御陵候補地・自害峯の三本杉

戦いに敗れた大友皇子は、大津の長等山で自害しました。大友皇子の御首は大海人皇子が関ケ原町野上に置いた「野上行宮」での首実検の後、地元の人々により葬られ、その場所に三本杉を植え、ここを「自害峯」と呼ぶようになりました。
住所:関ケ原町大字藤下284-1

弘文天皇御陵候補地・自害峯の三本杉

不破関跡

壬申の乱の後、天武天皇は不破関を設置し、天下の変乱に備えるために関所を置き通行人たちを取り締まりました。「不破関」は、越前の「愛発関」、伊勢の「鈴鹿関」と並んで日本三関のひとつと呼ばれています。
住所:関ケ原町大字松尾149-1

不破関跡

不破関資料館

館内には関所跡から出土した貴重な土器類、壬申の乱に関する解説パネル、関所全景を復元したジオラマなどが展示されています。

住所:関ケ原町大字松尾21-1
電話番号:0584-43-2611
営業時間:9:00~16:30(11~3月9:00~16:00)
休館日:月曜休(祝の場合は翌日休)・祝翌日休、12/29~1/3
料金:大人100円、小中学生50円(20名以上:大人70円、小中学生30円)
URL:http://www.rekimin-sekigahara.jp/

不破関資料館

壬申の乱の史跡については、関ケ原観光WEBで詳しく紹介されています。

関ケ原観光WEB