武者姿の山本"三成"登場で『真田丸』ファンも大興奮 盛り上がる「関ケ原」に行ってみてわかったこととは? 

そう、関ケ原はいまスゴイのだ

「天下分け目の関ケ原」。日本人なら誰でも知っているはずのこの言葉。言うまでもなく、徳川家康を総大将とする東軍と石田三成らの西軍が激突した日本最大の合戦「関ケ原の戦い」(1600年)がいかに重要な戦いかを表している。ちょうどその時代を描いたNHK大河ドラマ『真田丸』で、「関ケ原の戦い」がどのように描かれるのか、第36回「勝負」をかたずをのんで見守っていた人も多いはず。ところが、である。「関ケ原」の場面は時間にして約40秒。しかも合戦そのものは描かれず佐助の報告であっけなく片が付いてしまった。その瞬間、日本全国津々浦々で「え~っ、これで終わり~?」とずっこけた人が続出したであろうことは想像に難くない。特に、石田三成や大谷吉継など戦国武将のファン、あるいは山本耕史や片岡愛之助のファンの落胆はさぞ大きかったことだろう。そんな中OVO(オーヴォ)編集部は、岐阜県関ケ原町の古戦場に石田三成役の山本耕史が武者姿で現れるという情報を入手。これはまたとない機会と歴史的な場所「関ケ原」を訪れてみることにした。

笹尾山の石田三成陣地から見下ろす関ケ原の写真    (笹尾山の石田三成陣地から見下ろす関ケ原。)

JR東海道本線「関ヶ原」駅に降り立つと、すぐ目の前にあるのが関ケ原駅前観光交流館。観光案内所であり、おみやげ処であり、憩いスペースも備えた古戦場巡りの拠点だ。ここで観光マップや観光情報を入手し、「いざ!関ケ原」。

関ケ原に着いたらまず訪れたい関ケ原駅前観光交流館の画像    (関ケ原に着いたらまず訪れたい関ケ原駅前観光交流館。)

東西の出汁を食べ比べ 2種類の「にっしん どんべい」のセット 画像    (関ケ原は関東と関西の文化の境界地点としても注目の場所。それを意識した 2種類の「日清どん兵衛」のセットがお土産として観光交流館で販売されてい た。関東で販売される「鰹だし」ベースと、関西で販売される「昆布だし」ベー スのセットだ。 )

武将の旗印が描かれた観光交流館のコインロッカーの画像    (武将の旗印が描かれた観光交流館のコインロッカー。)

観光交流館のコインロッカーもそうだったが、町のあちらこちらには主な武将の旗印が掲げられ、訪れた人はいやが応でも合戦気分が高まってくる。交通整理をしている人まで足軽姿で、槍を使って車と人を軽快にさばいているのを見たときには、思わず「やるのぅ~関ケ原町!」とうなってしまった。

駅から線路沿いのフェンスに大きく掲げられた武将の旗印の画像    (駅から会場に向かう途中にも、武将の旗印が大きく掲げられている。)

足軽の格好で てきぱきと 交通整理をしている画像    (足軽の格好でてきぱきと交通整理。)

そう、関ケ原はいまスゴイのだ。岐阜県と関ケ原町は、平成27年3月に「関ケ原古戦場グランドデザイン」を策定。それに基づき、関ケ原古戦場の魅力を発信するさまざまな取り組みを進めている。その一環として今年10月15日から23日までの9日間を「関ケ原スペシャルウィーク」とし、石田三成をテーマにさまざまなイベントを企画。そして「山本耕史、三成の武者姿で見参」と相成ったわけだ。

イベントはほかにも盛りだくさん。全国から参戦した甲冑武者が"全軍武者行列""布陣パフォーマンス"などを繰り広げる「関ケ原合戦絵巻2016」、主要七武将ゆかりの場所を7回に分けて踏破する「関ケ原七武将ガイドウォーキング」、華道家による東西いけ花対決「花いけバトル 関ケ原の合戦2016」、や「第1回東西武将グルメバトル」などなど。バラエティーに富んだ企画の数々は、歴史マニア、歴女はもちろん、老若男女からファミリーにいたるまで誰もが楽しめる。

東西武将グルメバトル会場の画像    (投票箱が用意された東西武将グルメバトルの会場。)

味噌マヨローストビーフどん の画像    (徳川家康は味噌マヨローストビーフ丼で勝負。)

近江ぎゅう のステーキどん と串焼きの画像    (石田三成も負けじと近江牛のステーキ丼と串焼きで応戦。)

記念写真を撮る真田鉄砲隊の画像    (記念写真を撮る真田鉄砲隊。あれ、関ケ原には参戦しなかったよね。)

世界三大古戦場展の画像    (関ケ原町歴史民俗資料館では、一般展示のほかに「世界三大古戦場展」を開催中。ゲティスバーグ、ワーテルロー、関ケ原の3つの古戦場の貴重な資料が展示されていた。ゲティスバーグと関ケ原は、2016年9月5日に姉妹都市協定および姉妹古戦場協定を締結した。)

詳しくは岐阜県の「みる!しる!かわる!関ケ原 -関ケ原古戦場グランドデザイン公式サイト-」と、関ケ原町の「関ケ原観光Web」「関ケ原町歴史民俗資料館HP」で確認してほしいのだが、これらのサイトがまた至れり尽くせり。関ケ原を楽しむための基礎知識や、関ケ原合戦の要所を巡るさまざまなおすすめコース、さらには東西参戦武将のプロフィールにいたるまで、いずれも見やすいデザインと充実した内容でまとめられている。

加えて感心させられたのが、便利なスマホアプリ「関ケ原観光Navi」と、知識を習得した地元の方による「せきがはら史跡ガイド」(2週間前までに要予約)が用意されていること。広大な関ケ原を効率よく回りたい人には実に強力な援軍だ。これなら、たとえイベント期間中でなくとも各武将の陣跡や戦闘地をじっくり観光して関ケ原を堪能できるだろう。

関ケ原観光Naviアプリの画像   

 (スマホアプリ「関ケ原観光Navi」のメニュー画面。関ケ原を楽しむための便利な機能が搭載されている。)

そして、岐阜県と関ケ原町の勢いはとどまるところを知らない。今回の石田三成をテーマにしたスペシャルウイークは実は第3弾、いわば三の矢だという。ということは今後も四の矢、五の矢と趣向を凝らしたイベントが次々放たれるはず。楽しみではないか。そのほか、観光客をもてなす新たなシンボル拠点として「関ケ原古戦場ビジターセンター」の創設が予定されおり、「関ケ原」は着々と布石を打っている。10月15日夜には、町役場屋上で夜の古戦場の楽しみ方を検討するために、「ナイトビューイング」というトライアル企画を実施。関係者・マスコミ向け公開があったので、取材班も参加。ホログラムディスプレーで石田三成の姿を立体的に投影させたり、ライトアップされた武将の陣跡をレーザー光線で照射したりという、夜ならではの音と光のパフォーマンスを楽しんだ。

平成の世に降りてきた石田三成公

いよいよ10月16日の朝がやってきた。関ケ原合戦で石田三成が陣を構えた笹尾山は、合戦当日のような深い霧・・・に包まれることもなく、気持ちの良い青空が広がった。約2,400人の石田三成ファン、山本耕史ファンが今か今かと待ち構える会場にほら貝の音が響き渡ると、登場してきたのは、まぎれもなく石田治部少輔"山本耕史"三成。テレビと同じ武者姿に、「お~」「きゃ~」「やばい~」と歓声があがる。

笹尾やまの写真    (決戦地から望む笹尾山。山の中腹に見えるのが石田三成の陣跡。)

山本耕史と小栗さくらの画像    (石田三成の武者姿で登場した山本耕史。左は司会の歴史タレント小栗さくら。)

トークイベントに集まる約2400人のファンの写真    (笹尾山のトークイベントには約2,400人の三成ファン、山本耕史ファンが詰めかけた。)

司会の歴史タレント小栗さくらはまず最初に、戦闘シーンが描かれず誰もが驚いた"超高速関ケ原"の一件を、出演者としてどう感じたのかずばり切り込んだ。

山本は「あの戦いがどういう経緯でどうなったかは誰もが知るところ。今回は『真田丸』ということで、あまり描かれることのない真田の陣の様子や真田信繁の心情に焦点を当てて、真田側から描いた。三谷(幸喜)さんの斬新さにうなりましたね」とまるで三成のように冷静に分析した。

当初の予定では三成は第33回で命を落とすはずだったが、結果的に第37回まで延びたことを山本が明かすと、小栗は「三成が斬首の前にニヤッと微笑んだ理由」をたずねた。

山本は「台本には"悔いのないすっきりとした微笑みで"とありました。豊臣家のために真っ直ぐ生きた三成公だったので、"やりきった感"はあったんじゃないでしょうか。あまりにも完璧な人物像で描かれたのでこのまま勝ってしまうのではないかと思いましたが・・・負けちまいました」と笑わせた。

実に今回が3度目の笹尾山という山本。過去2回は山本耕史として私服で来たが、今回はいわば正装。いつもとは違う気持ちだという。笹尾山や馬防柵を背にした武者姿の山本に、小栗も「平成の世に降りてきた石田三成公のようですねぇ~。毎回ドラマを楽しみに見続けているので感慨深いです」と興奮気味。それに対して山本は「私は無駄が嫌いだ」「馬鹿と話すと疲れる」「私はほとんど間違えることはない」などの名台詞をトーク中に挟み込み会場を沸かせていた。

トークイベント終了後は、"関ケ原合戦絵巻2016「全軍武者行列」"と称し、東西武将の9隊が勢ぞろい。山本が三成に、岐阜県の古田肇知事が徳川家康にそれぞれ扮し、馬にまたがって笹尾山から陣場野公園までの武者行列を披露した。道ばたの観光客らから「三成さ~ん」「治部さま~」などと呼び掛けられると、手を振りながら笑顔で応える山本はまさに大スターの貫禄。この姿が見られただけで満足したファンも多かったはずだ。

全軍武者行列の前に出陣式で気勢を上げる武将の写真    (全軍武者行列の前に出陣式で気勢を上げる武将たち。)

宇喜多秀家(西軍)の軍勢の写真    (出陣式でポーズをとる、宇喜多秀家(西軍)の軍勢。)

馬にまたがり にこやかに 手を振る 山本耕史の写真    (馬にまたがりにこやかに手を振る山本耕史には「三成さ~ん」「治部さま~」などと黄色い歓声が。)

馬にまたがる古田肇知事 の写真    (堂々たる東軍の総大将徳川家康に扮したのは、岐阜県の古田肇知事。)

おおたに よしつぐ が輿の上から手を振る写真    (病気の大谷吉継は輿に乗って町を練り歩く。)

それにしても関ケ原は広い。笹尾山から陣場野公園へと広い会場を駆け回り、野山のアップダウンを繰り返すうちに気がついた。あぁ、東西両軍の将兵たちもこんな風に息を切らしながら丘を駆け上り、槍を突き刀を振り回して死闘を繰り広げたのだろうなと。・・・そうか! 山本耕史が石田三成として降臨したのなら、我々も好きな武将として、あるいは一足軽になったつもりで関ケ原を駆け巡ればいいのだ。そうすれば歴史に名を残す「関ケ原の戦い」は、知識としてだけでなく自らの肉体にも強く刻み込まれるに違いない。さあ、あなたも。 「いざ、関ケ原!」

◎山本耕史インタビュー

―――石田三成の姿で笹尾山を訪れた率直なご感想は?

「大河ドラマの扮装そのままの人物が(ドラマの舞台に)登場するのは、僕自身もそうですが皆さんも楽しいだろうなと思います。皆さんの熱い思いを感じながら、自分の中でも熱い思いが大きくなりました。ドラマを応援してくれている人がほとんどだと思いますので、三成公を半年以上演じましたけど、やってよかったな、演じきってよかったなとこういう瞬間に感じます」

―――関ケ原町は古戦場を観光資源として多くの人に来てもらおうとしています。今後どうなってほしいと思いますか?

「僕なんかでよければこういう機会にどんどんお手伝いしたいですが、大河ドラマは1年で変わります。いまの熱を持続して、また何年後かに関ケ原を描く作品が登場した時、そのドラマの俳優さんたちが盛り上げてくれれば、ずっとエネルギーのある場所でいられると思います」

―――3度目の訪問となる関ケ原の印象は?

「三成公を演じさせてもらった立場で言うと、さみしくもあり、思いを真っ直ぐに生き抜いた場所。熱い思いや人間の弱い部分などいろんなことを感じます」

―――石田三成公の魅力はどうとらえられていますか?

「周りに惑わされることなく自分の信念を貫いたところ、自分を投げ打って豊臣家のためにと思うことに向かって生き抜いたところが魅力ですね」

関ケ原古戦場 決戦地 史跡の写真    (東軍・西軍合わせて15万とも20万ともいわれる関ケ原の戦い。その最大の激戦地となった「決戦地」は三成の陣があった笹尾山にほど近い。)

◎古田肇岐阜県知事インタビュー

―――武者行列を終えてどのようなお気持ちですか? 

「こういう扮装のイベントは2度目ですが、最初に比べるとはるかに盛り上がっている、勢いがあると感じました」

―――『真田丸』の石田三成役の山本耕史さんと関ケ原で行列を行った狙いは?

「『真田丸』が盛り上がる中で、多くの方に関ケ原をアピールして楽しんでもらいたいというのが目的。私もメインゲストの山本さんのお手伝いとしてお供をさせていただきましたが、お客さんの目線は明らかに山本耕史さんに向かっていましたね(笑)。山本さんのオーラを多くの方が感じられたのではないでしょうか」

―――多くの観光客が参加していましたがどんな思いでご覧になりましたか?

「昨日は三万人ほどの来場があったようですが、今日はそれよりはるかに多い。関ケ原は岐阜県にとっても日本にとっても貴重な歴史財産です。戦場であったわけですが同時に東西文化の接点にあたる場所でもある。文化やいろいろなことを考えていただく絶好の場所なのでこれをきちっと伝えなければならないと日頃から感じておりました。そしてこの関ケ原は"必勝だといわれた西軍がなぜ負けたか"ということで海外の軍隊の教科書にもでてきます。今後は国内だけでなく国際性もさらに広げていきたいですね。5カ年計画で関ケ原のグランドデザインを考えており、今年は初年度ですが着実に進んでいると実感しています。イベントのあり方、交通手段、宿泊施設の問題などでやるべきことや課題は山ほどありますが、第一歩としては良いスタートができたと感じています。アメリカにある古戦場の町ゲティスバーグ(ペンシルベニア州)は人口約7000人(関ケ原と同じ)の町に年間300万人の観光客が訪れます。関ケ原は去年23万人。今年は30万人を超えると思いますが、ゲティスバーグに学ぶことはまだまだたくさんあります」

―――山本さんはインタビューで「大河ドラマは1年だけど関ケ原を盛り上げようとする熱気はずっと続いて欲しい」と語りましたが、山本さんから何か声をかけられたことはありますか?

「お話をする中で山本さんが関ケ原という場所に非常に関心を持っていらっしゃると感じました。山本さんのような大スターに関心を持っていただけ、とてもありがたく感じております」

―――知事に就任されて12年になると思いますが、どんなタイミングでどのような場で関ケ原という財産を有効活用しようと思われたのですか?

「始まりは岐阜の魅力をどういうふうに見つけて発信していくかという問題意識からですね。岐阜は飛騨から美濃、東濃から西濃まで広域にまたがっていて、高度0mから3000mまである多様で魅力あふれる地域です。その多様性の中で、アイデンティティーづくりと魅力づくりをやってきましたが、関ケ原という存在はその両面で分かりやすいテーマです」 

鎧兜に甲冑姿で囲みインタビューに答える古田肇岐阜県知事の写真    (鎧兜に甲冑姿で囲みインタビューに答える古田肇岐阜県知事。)

徳川家康が最後に本陣を置いた場所の写真    (徳川家康が最後に本陣を置いた場所。)

(著作/写真 株式会社共同通信社)

みる!しる!かわる!関ケ原 -関ケ原古戦場グランドデザイン公式サイト-https://battle-of-sekigahara.pref.gifu.lg.jp

関ケ原観光Webhttp://www.kanko-sekigahara.jp

関ケ原町歴史民俗資料館HPhttp://www.rekimin-sekigahara.jp